コミュニケーションにプログラミング的思考を取り入れる

コミュニケーションにプログラミング的思考を取り入れる

①言いたい事が相手に伝わらないのは何故?
②小学生にプログラミング教育をする意味。
③プログラミング的思考を試してみよう!!

言いたい事が相手に伝わらないのは何故?

「仕事で部下に指示を出したが、思い通りに動いてくれない」
「上司からの指示通りにしたはずなのに、『違う!』と怒られる」
そんな経験はありませんか?
そして、思い通りに行かないのを相手のせいにしていませんか?
「アイツが悪い」そう思っていれば、その時は気持ちは落ち着きますが、その後何度でも同じことを繰り返すことになります。

なぜ「相手に伝わらないのか?」
なぜ「相手が伝えたい事を正確に受け取れないのか?」
この『なぜ?』が解決出来たら、相手との関係性がガラッと変わると思いませんか?
イライラする事も無く、二度手間になる事も無く、仕事もスムーズに進み、余裕を持って終わらせる事が出来る。
『当たり前』に誰もが望んでいる事なのに、その『当たり前』が凄く難しい。。。
その原因は、脳の仕組みによるものなのです。

たとえば『当たり前』という言葉、普段皆さんはどういう意味で使っていますか?

AさんとBさんが車で移動中に「右折しようとしている対向車に道を譲るか・無視するか」の話になりました。
状況としては…
・一車線の比較的交通量のある通りで、信号の無い所で右折をしようとしている対向車がいる
・その対向車の後ろには直進したい車で列が出来ている
・自分は法定速度程度のスピードで前の車と車間を取って交通の流れに沿って走っている
・その先の信号が青のため、前の車はどんどん直進していきます
・自分の運転する車が、右折したい対向車に近づいて来ました!
その時あなたは、対向車に道を譲りますか?そのまま通り過ぎますか?

Aさんは「譲るべきだ」と言いました。
なぜならば、一台の為に渋滞が出来ているのだから「対向車を行かせてあげて対向車線を流してあげるのが、譲り合いの心だ」との事でした。

AさんがBさんに質問をしました。
「君はこの状況でどう行動する?」と聞かれてBさんは「自分は譲らない」と答えました。
なぜならば、「道路交通法上ではこちらが優先であり、それに信号から程遠い所で(安全を考慮しながらでも)止まろうものなら追突される恐れがあるから」と答えました。

この質問に正解はありません。
Aさんにとって後続車が待っているから譲って流してあげるのが『当たり前』の考えであり、Bさんにとって道路交通法通りに行動するのが『当たり前』なのです。
そして、それはどちらも間違いではありません。
それこそ『当たり前』に日常的に起きている事です。

ただその『当たり前』の判断基準は人それぞれ違いがあり、その判断基準が行動を決定しているのです。
この様に、実際に行動を起こす「目に見えない判断基準」が人それぞれ違うのに、「当たり前」や「普通」や「常識」や「基本」などという言葉に意識を向けず、誰もが何の気なしに使っているのです。
自分にとっての『当たり前・普通・常識・基本』は、自分だけの思い込みの可能性が大きいのです。

では『当たり前』を辞書で調べてみましょう。

あたり‐まえ〔‐まへ〕【当(た)り前】
[名・形動]《「当然(とうぜん)」の当て字「当前」を訓読みにして生まれた語》

1 そうあるべきこと。そうすべきこと。また、そのさま。「怒って当たり前だ」

普通のこと。ありふれていること。また、そのさま。並み。ありきたり。「ごく当たり前の人間」「当たり前の出来」

なんとも曖昧ですね。

普通』は…

普通(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。普通の『普』は、「あまねく」「広くーう」を意味する字である。
用例として、
「出る杭は打たれる」「能有る鷹は爪を隠す」ということわざや、宗教史における異端への残害に象徴されるように、社会の中で特別な者や奇異な者は時に袋叩きに遭い、普通であることや平庸であることが求められる。しかし、単に平庸であることは、「ありきたり」「没個性」「長所を持たない」「存在感が小さい」といった厭(いと)わしい意味で捉えられることがある。

一方で、1980年代前半のテレビ番組でも使用された「良い子、悪い子、普通の子」という表現や、近年の若者言葉における「普通に良い」というように、「一定基準を満たしている」「問題が無い」「短所を持たない」といった好ましい意味で使用されることもある。また「平均的」「正常」の外にも、「平然と~を行う」「日常のように~を行う」という意味で「普通に~を行う」というように、広く『平』や『常』の口語として『普通』を使用する者も増えている。

もともと「広く通用する状態」という『意味』だったが、時代の変化とともに「一定基準を満たしている」や「平均的」という『使われ方』に変化している様です。

常識』は…

常識(じょうしき)は、社会を構成する上で当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと[要出典]。また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。対義語は非常識(ひじょうしき)。社会に適した常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。これは文化摩擦などとして表面化することもある。

また別の検索結果では…

一般に学問的知識とは異なり、普通人が社会生活を営むためにもち、またもつべき意見、行動様式の総体をいう。これは経験の集積からなることが多く、時代や場所や階層が異なれば通用しないものもあり、多分に相対的なものである。

…と記載されています。
一部の範囲内では共通認識だったとしても、広い意味では共通が取れません。
万能では無いのですね?!

基本』は…

き‐ほん【基本】
1 判断・行動・方法などのよりどころとなる大もと。基礎。「基本の型」「基本を身につける」「基本に忠実な演技」

→基礎[用法]

2 (副詞的に用いて)基本的に。原則として。「基本、先発メンバーは固定している」

これも法律や社則といった共通認識が根本にあった上で成り立つもので、『常識』の項でも有る様に「客観的に見て当たり前と思われる行為」や「経験の集積」が根本になっていたなら、共通を取ることは出来ないですね!

改めて意味を知ってみて、いかがでしたか?
言葉を正確に理解して使用していましたか?
経験の集積」がその人の判断基準になりやすく、一度脳が思い込んでしまったら、それがその人の行動の基本概念になってしまいます。
そして『実は自分の勝手な思い込みだったんだ』という事に、疑問すら感じる事無く同じ行動を繰り返してしまうのです。
脳の仕組みから来る思い込みの癖・・・怖いと思いませんか??

このことを踏まえて、改めて見てみましょう。

「仕事で部下に指示を出したが、思い通りに動いてくれない」

部下が自分なりの解釈で受け取って行動をしていたら、そこには伝え方に改善の余地があります。
誤解をされない言葉選びや、言葉の意味を規定して『共通認識』を取るのも良いでしょう。

「上司からの指示通りにしたはずなのに、『違う!』と怒られる」

自分なりの解釈にならない様に、質問をして「上司の考えと自分の認識にズレが無いか」をすり合わせるのも良いでしょう。

日本語でのコミュニケーションは曖昧な表現が多いですよね。
個人的には「日本人らしさ」という感じがして、好きですよ!
しかし相手に何かを伝える時には、曖昧にせず、明確に言葉にする事で、伝わり方は格段に変わります。

2人の男女がハイタッチをし喜びを分かち合っている

小学生にプログラミング教育をする意味

最近では学校に12年以上通ってたくさんの人と接してきたにも関わらず、コミュニケーションが苦手な若者も増えてます。
しかし、それは若者に限った事ではありません。
社会人経験豊富な大人達でも、表面上の付き合いだけで、心の深い所で繋がり、安心し信頼できる関係構築を築けていない人がたくさんいます。

なぜ、コミュニケーションが苦手な人が増えているのか?

多種多様な家庭環境や社会環境、また時代背景が複雑に絡まり合っているので一概には言えません。
しかし一つの要因として、学校教育は外す事は出来ません。

日本では昔から集団教育や一方的な講義スタイルの授業が特徴的です。
先生の授業をクラスの生徒全員で聞き、定期テストを実施し、その結果で成績が決まります。

また、授業は生徒が分からなくても進んでいきます。
授業中に手を上げて質問する事もなかなか出来ません。
なぜならば、授業中生徒は常に受け身でいる事を求められるからです。

・疑問を抱かせず、とにかくインプットの教育
・「授業中に手を上げて質問をしても良い」という空気感が無い
・将来、どのように役に立つのか分からない
・そもそも先生自身が「その授業で説明する範囲」に追われている
・集団教育で平均的な枠に納めようとするため、「皆と同じ」が当たり前になる

日本の教育では「記憶する学習」=「暗記教育」に重点を置いているため、暗記する項目の背景や経緯などはあまり触れることは無く、勉強内容はただただ大量に暗記するだけなのがほとんどです。
そのため、子供が自ら考えたり、疑問に思ったり、提案したり、議論したりする能力が伸びないと言われています。

そのためコミュニケーション能力を育てる機会に恵まれず、意味ある会話も少なく、そして社会に出てから困る事になるのです。

そんななか、小学生のカリキュラムにプログラミング教育が導入されました。
生活にも仕事にもコンピューターが欠かせない時代だから、『当たり前』の時代の流れとも言えます。
今の大人たちは「自分とは関係ない」と考える方もいるかもしれません。
でも、ちょっと待ってください!
プログラミング教育の必要性は、それだけでしょうか?

実際にプログラミング言語を使って入力してみると、最初は戸惑います。
「間違っていないはずなのに動かない!なんで?(汗)」
やってみたら誰もが経験する事です。
よくよく見返してみると、一文字抜けていたり、大文字で入力しないといけない所が小文字だったり。。。
たった一文字ミスがあるだけで、画面は真っ暗だったり、エラーが出てしまいます。
コンピューターは前後の文脈から「きっとこう書きたいんだろう」と空気を読んではくれません。
正しく入力しないと、動いてさえくれないのです。

これは『人に伝える事』と共通すると思いませんか?
正しく指示を出せば、思った通り行動してくれます。
ただ人間は(コンピューターと違って)間違った入力をしても行動してしまいます。
もちろん理解出来なければエラーを出します。質問をする事が出来ます。
しかし間違って解釈をしてしまったら、疑問にも思わず行動をしてしまいます。

小学生からプログラミングする事で、プログラミング的思考を養い、相手に考えを正確に主義主張できる様になるのです。
また「プログラミングは手紙を書く事と同じ」と表現する人もいます。
入力する事で反応が返ってきて、それを受けてまた入力する。
文通と一緒ですね!
会話では相手の話を遮って自分の主張ばかりする人もいますが、文通では自分の話をして、相手の返事を待って、相手の話を聞いた上で、また自分の話をしますよね?
つまり聞く力も養われるのです。

コミュニケーションとは、「自分の主義主張を話す」と「相手の主義主張を聞く」がセットになって成り立つものです。
昔は「会話のキャッチボール」と表現していましたね。
相手が取れないボールを一方的に投げ続けても、返って来きません。
剛速球ばかりだと、相手を怪我させてしまう事もあります。
見える形で怪我をさせてしまったら謝る事も反省する事も出来ますが、見えない怪我をさせてしまっても気付かないですよね?
それで知らず知らずのうちに人が離れてしまったら、こんなに悲しいことはありません。

1人の男性がヘッドホンをつけてプログラミング学習をしている

プログラミング的思考を試してみよう!!

今回はプログラミング的思考を、コミュニケーションにフォーカスして書いてみました。

[①言いたい事が相手に伝わらないのは何故?]
判断基準がバラバラなのに、共通認識も持たずに話をするから伝わらない。

[②小学生にプログラミング教育をする意味。]
プログラミング的思考を基に主義主張が出来る様にする。
また相手の話しも最後まで聞いて受け入れる。
そして、自分の意見と相手の意見を『どのように組み合わせたら、より意図した活動に近づくのか』を論理的に考えて実践していく力を養う。

ちなみに文部科学省によると、小学校でのプログラミング教育はプログラミング言語を覚えたりプログラミングの技能を習得すること自体を目的としている訳ではなく、「プログラミング的思考を育み、より良い社会を築くこと」と明記しています。

ではプログラミング的思考とは?
「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組み合わせをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」と規定しています。

コミュニケーションにおいて『記号』とは『共通認識』の事であり、自分の判断基準で勝手に思い込んでいる『経験知識』ではありません。

プログラミング教育を受け、プログラミング的思考を小学校から学ぶ今の子供達には、社会人の我々が感じている人間関係の悩みなんて、彼らの未来では「起こりえない事」になるかもしれませんね!
少しでも「人間関係に悩まない未来が羨ましい」と思ったなら、大人のあなたもプログラミング的思考を取り入れてみてはいかがでしょう?

では、どうすれば良いの?
1.脳の癖に意識を向けて『いつも通りの行動』に疑問を持ってみる
2.自分の中の『当たり前』を破壊して、いつもとちょっと違う行動をしてみる
3.相手の話は最後までちゃんと聞く
4.相手の主義主張に〇×やジャッジをしない
5.自分の主義主張に相手の主義主張を取り入れ融合させる
6.日常や生き方に活かす思考法を習慣づける
7.自分が認識しているこの現実は脳が思い込んでいる結果物であり、「自分で自由にプログラム出来る」という感覚を身につける

あなたが今すぐ試せるのは何番までですか?
相手と共通認識が取れないと暫くは苦しいかもしれません。
しかしお試しで始めてみて、そして続けてみて、どんな変化が生まれるか!
その変化を常に意識して蓄積するのが大事です。
そして[7]が腑に落ちたなら、「あの頃の私、ちっちゃい事で悩んでいたなぁ!( ̄▽ ̄;)」と思える日がきっときますよ!

6人の子供が手をつないで夕空に向かって万歳している

2 thoughts on “コミュニケーションにプログラミング的思考を取り入れる

  1. 最後まで読みいっちゃいました!長野くんありがとー!ブログ面白いから友達シェアするー♡

    1. ともちん北海道様
      コメントありがとうございます!
      今後も色んな切り口でblogを公開していくので、引き続き読んで頂ければ嬉しいです。
      今後とも宜しくお願い致します。

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