心をバージョンアップして、脳の考えを統制する

心をバージョンアップして、脳の考えを統制する

①コミュニケーションにプログラミング的思考を取り入れる
②変化の仕組みを知って、ニューノーマルをイノベーションする

こちら上記2記事を書かせて頂きました。
2記事とも伝えたい事はもちろんタイトル通りですが、他にも重要なキーワードが隠れています。

①コミュニケーションにプログラミング的思考を取り入れる
・『あたりまえ』や『常識』は、ほとんどが自分の思い込みである
・人々はみんな、自分の観点に固定されている
・判断基準は脳によって固定され、観点として無意識に行動言動を決定づけている
これらを知った上でプログラミング的思考を取り入れ、人それぞれ観点の違いが有る事を楽しみ融合させていく事で、仕事も人間関係もイノベーションを起こしていく事ができます。

②変化の仕組みを知って、ニューノーマルをイノベーションする
・見えているモノだけが全てではなく、裏の仕組みによって出来上がっている
・心がエネルギー源となる
・脳からの固定を心で統制する事で、常にワクワク∞自由な心で動きを作り、結果として変化する事が出来る
この現実画面(認識画面)の表面上を闇雲に変えようとするのは、映画を見ながらそのストーリーを変えようとするのと同じ事です。
なぜならばアナログの認識画面もデジタルの映画のスクリーンも仕組みが一緒だからです。
デジタル認識・デジタル哲学を取り入れ、パソコンのディスプレイに点を描画する為の裏の動きを知る事が大事。

プログラミング的思考もデジタル認識も、共にPU感覚を得る為に必要な要素です。
これらの観点で読み直すと、違う見方が出来るかもしれませんね。

さて、PU感覚にも繋がる一例として、前回の最後に少し触れたトラウマについてです。
今話題の令和哲学カフェでも話に上がるnTechという新しい認識技術についても少しだけ触れます。

②で私は「『変化』という動きの最中だった為、何が起きても柔軟に対応が出来たのだと思っています。」と書きましたが、ここからは私の変化ストーリーになります。
長文ですがお付き合い頂ければと思います。

未来へと指さす人

私は10年以上同じ業種で働いてきて、生活もある程度安定していて、休日もそれなりに楽しんでいました。
しかし10年後・20年後を見据えた時には、漠然とした不安しか感じませんでした。
なぜならば、周囲の環境の条件・状況が変わったら、生活は一気に崩れ去るからです。
そしてそれは取引業者などの狭い範囲の環境だけではありません。
広い意味では時代背景も含まれます。

もう少し詳しく話しますと、5年前まで変化は全く望んでいませんでした。
贅沢しなければ、それなりに生活が出来ていたからです。
3年くらい前から、未来に対して漠然とした不安を抱えるようになりました。
自分が今まで通りの生活を続けても、時代や社会は常に変化しているからです。
自分は変わっていなくても、時代や社会や経済など周囲の環境の変化は速く、その差はどんどん開いていって、危機感を覚えた時には取り返しのつかない格差が出来てしまう。
埋められない程の格差が出来てしまってから後悔しても、もう遅い。
だからと言って、どんな未来がこれから起こるのか、それも想像が出来ない。
そして変化をする為には莫大なエネルギーを必要とすると考えていました。
しかし「何をどう変えれば安心出来るのか?」が分かりません。

そんな中、2年前に友人の勧めでRe・rise協会に参加しました。
http://rerise-association.jp/


試しに日常に新しい風を入れてみたら、すごく気持ちがスッキリしました。
一人で漠然と思い悩んでいても何も変わらない。
色々な人と接する事で新しい風が入り、モヤモヤが吹き飛びました。
閉め切った部屋の中では空気も澱んでしまう様に、考えも一人で悩んでいたら澱んだ考えしか出て来ません。
新しい風を入れて循環させる事(アウトプットやディスカッションをする事)が大事だと教わりました。
そして一度行動してみたら変化する事に抵抗が無くなって、むしろ変化していく自分を楽しめるようになりました。
脳で考え過ぎて行動が起こせなかったのに対して、心が動いた為に変化に抵抗が無くなったわけです。
信頼出来る友人も増えました。

しかし『もともと協調性が強く、自身の存在感を消し、出来れば一人でいたい』という行動をずっと続けていました。
仕事が終わったら速攻でその場を離れたい、とにかくまずは一人になりたい。
日頃そんな状態なので、人と一緒にいるともの凄く疲れてしまいます。

そんなある日の事、新しい風を入れてくれる友人達との会話の中で、鬱・自殺の話になりました。
その中で自分の口からポロっと「自分は、自殺は考えられないな。なぜなら、絶対に後悔する事になるから。だって、大概の失敗や後悔は取り返しがついたり時間が解決してくれたりするけれど、自殺しちゃったら『やっぱイヤ!生き返りたい!!』って思っても、生き返れないじゃん!元に戻れない、取り返しがつかないから自殺はしない。」と話しをました。
そこでモヤモヤが残りました。

「なんでこんなにはっきり明確にスラスラと、そんな考えが出て来たのだろう?」

なぜならば、過去に一度でも自分が自殺する事を考えた事が無ければ、出てくる事が無い発想だったから!
そこで自分の中をnTechという新しい認識技術を用いて深掘りしていきました。
そしたら、凄いものが出て来てしまいました。

20代の中頃、既に社会に出ていたし、一人暮らしもしていました。
でも社会生活の中で自分自身に何か違和感がありました。
「普通の人なんだけど、なんだか普通じゃない?!」
よくわからない感覚で、当然の事ながら言語化は不可能です。
モヤモヤする毎日が始まりました。

半年ほど経ったある日、たまたま立ち寄った書店で見かけた本に衝撃を受けました。
言葉に出来なかった違和感が全部明確に書かれていました。
『大人の発達障害』
ずっと悩んでいた理由が明確化して、すごく安堵しました。
でもすぐ次に来たのは絶望でした。
「あ、そっか、自分は生物として欠陥品だったんだ!欠陥品じゃ、存在している意味ないじゃん!終わらしても良いかな?ん~、でも死んじゃったら後悔しそうだし、良い事あるかもしれないから取り敢えず生きている事にするか。」
この時に明確に自分自身を「自分は欠陥品だ!」と規定してしまいました。
それからしばらくして体を壊し当時の会社を辞め転職をしてからは、人と深くコミュニケーションを取る事がなくなりました。
発達障害かもしれない…それを誰にも知られたくないからです。
だから仲良くなって酒を飲みに行く事があっても、一定の心の距離を保ったままの関係。
誘われれば飲みにも行くけど自分からは誘うことは無く、仕事が終わったら逃げるように帰る。
深い話はしない。
自分の意見はほぼ言わない。
協調性と言えば聞こえはいいけど、ただの受け身。
とにかく自分の事を知られる事に恐怖を感じていました。

恐怖で顔を覆う人

ある時、現場によく一緒に行く業者の方に言われました。
「いつまで経っても距離が有るよね?仲良くなった気がしないんだけど!まぁ、どうでも良いけどさ…。」
その時はさすがに心苦しくなりました。
だからと言って理由を説明する事も出来ない。
仮にその方が受け入れてくれても、「仕事上問題ある」と会社が判断すれば仕事が無くなるという考えの方が強く、「人に話してはならない」としか思えず、何も言えなかった事も鮮明に思い出されました。
その業者の方とは、しばらくして移動があり、それっきりになってしまいました。

さて問題なのは、それからトラウマに触れる事になるまでの十数年間ですよ!
その後も人と深く関わる事を避け、仕事が終われば家で心穏やかな一人の時間を過ごし、休日はお一人様を力の限り楽しむ生活を続けていたわけです。
そしてそれがいつしか『あたりまえ』になってトラウマも忘れてしまっていたのですが、「自分は欠陥品だ!」と自分を規定してしまった事で、トラウマを忘れてもその後の生活・自分の在り方に無自覚に強く影響を残し続けたのです。
それが『協調性が強く、自身の存在感を消し、出来れば一人でいたい』という行動です。
社会生活において人間関係を構築する事が困難になってしまいました。

そして、そのトラウマを忘れていただけで、思い出せば当時の記憶も鮮明に思い出され、冷や汗が噴出し心もザワザワするのです。
実際に自分も、自分で深掘りしてトラウマが出てきた時にはちょっぴり死にたくなったし(すぐに思い留まったけど)、またまた今の友人に知られるくらいなら「全部辞めて遠ざけてまた一人に戻りたい」と思った程です。
それからしばらくは常に心がザワザワしていました。
仕事中も怯えた小動物の様になっていました。
あまり覚えていないけど、たぶん周りの人からは不審に思われていたと思います。

10日ほど経って再びその時の友人達に会う機会があり、思い切ってアウトプットしてみました。
何故あれ程「人に知られたくない」と思い続け人を避けていたのに話そうと思えたかというと、別件で抱えていた乗り越えられない壁の根本原因とも繋がっていそうだったし、何よりただの親しい友人ではなく、尊厳で繋がった信頼できる仲間だったからです。
そうは言っても話し始めはうつむき気味で涙目で手がブルブル震えておりましたが。。。
静かに話を聞いてくれて、話し終わった後の相手からの第一声は・・・「いいね!めっちゃ良いじゃん!!(笑)」でした。
笑顔で「めっちゃ良いじゃん!!」と言われて、驚いて目を丸くしてしまいました。

そこからは図らずも個人セッションの様になり、改めてnTechを使って整理し直して頂く事に!
私は自分で「自分は欠陥品だ!」と規定してしまった事でその後の人との関わり方が大きく変わってしまったわけですが、同じ状況に陥っても自分をどう規定するかは人それぞれ違いますよね?
なぜならば判断基準が人それぞれみんな違うからです。
なぜ欠陥品と考えてしまったのか?なぜその考えを受け入れてしまったのか?
無意識で選択してしまう仕組み、そこを改めて深掘りし、結局仕組みの通り同じ事の繰り返しをしていることを再認識させてもらいました。
その頃には手の震えは止まっていましたが、それでもまだ誰にでも話せる状況ではありませんでした。

そこで一旦話が終わって別の話題になり、「どんな未来にしたいか?」という話の中でもう一人一緒に居た方の話が印象的でした。
「今が過去になる。『今この瞬間』が一秒後には過去になっている。だから過去は今の積み重ねなんだよね。そして過去に捕らわれたところから未来を見るのではなく、なりたい未来を今に持ってくる事が大事なんだよね!」
その話を聞いた時に自分の中のモヤモヤがパーンと、はじけて消える感覚がありました。
「そっか!『今』が過去になるなら、過去なんてなりたい未来で今から自由に上書き保存しちゃえば良いじゃん!!」と思えました。
「自分はこういう人間だ」と規定して苦しんで来たとしても、これから自由に再設定し直せる事が腑に落ちた事で、トラウマと思っていた事が消えました。
過去に縛られていた考えが溶けて無くなり、問題と思っていた事がそもそも問題でも何でも無い状態になった感覚です。

スッキリワクワク両手を挙げて喜ぶ人

当時まだPU感覚を知らなかった自分がトラウマを消す事が出来たのは、好条件が揃っていた事もあります。
そしてこれは起きた出来事についてですが、なにも「事が起きてからどうしよう?」という話ではありません。
これから迎える未来だけではなく、今見えているこの現実も自由に再設計できるとしたらどうでしょうか?
トラウマも判断基準も、全ては脳の思い込みです。
今あなたに起きている事・感じている事は、無意識の選択の繰り返しの結果です。
実はパソコンに映し出されている画面も、映画のスクリーンも、あなたが見ている現実も、仕組みはとてもシンプルです。
その仕組みを知り認識している現実画面を自在に再設計出来るのがPU感覚です。

DLSでは、技術的なプログラミングを学びながら、脳の思い込みをゼロ化し、この現実画面を再設計するための技術も学べます。

私も参加していた一期の受講生は約40名。
2020年9月、コロナ禍で始まった二期受講生はオンラインで約30名。
このコロナ禍で、しかも新規のプログラミングスクールが、オンラインで30名を越える受講生を集めたのは驚くべき事らしいです。
そして2021年三期が始まりますが、説明会の参加総数は100名を越えました。
そして三期が終われば、四期・五期・・・と続いていきます。

なぜコロナ禍で大変な状況にも関わらず人が集まるのでしょうか?
それは、ここでしか学べない事があるからです。

IT後進国の日本において、以前からプログラマーの人口は足りていませんでした。
新型コロナウイルス感染症が現れリモートワークが増えましたが、実はIT業界全体で見たら仕事の依頼数は伸び悩んでいるそうです。
なぜならば受注元である一般企業に大きく影響が出た為です。
その結果、インフラ系ならともかく、一般のIT会社では厳しい所もある様です。
とはいえ、新型コロナウイルス感染症が収束すれば再び活気は戻ると予想出来ます。
しかしこれからのプログラマーに求められる能力はどんな事だと思いますか?
もちろん技術は必要です。
一人で黙々と作業をするイメージがあるかもしれませんが、これからのプログラマーに求められるのは人間力・人間関係力・意思決定構造です。
クライアント様や仲間と正確に意思の疎通が出来き、更にリーダーシップが取れる人材が求められます。
DLSには、技術だけではなく、心を取り入れたここでしか学べない教育があります。
心の半導体をバージョンアップさせ、自身の変化を楽しみながら技術を身に付け、そして次世代のリーダーを目指してみませんか?

指同士を繋げてハートを表す

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