若者と日本への涙

どうも、薩摩の侍こと大ちゃんです。

かつて私は若者に失望していた。

まず、私のことを話さなくてはならないだろう。
生まれは鹿児島で、泣き虫で身体の弱かった私は典型的な弱者だった。
そんな私を男らしくするため父や周りに徹底的に鍛えられた。
そんな私だが、知覧の特攻平和会館を訪れる度に頭痛に悩まされていた。
子供の時は分からなかったが、大学生の頃にそれが罪悪感であると悟った。
自分達より若い子達の写真を見て、思念のようなものを感じていたのだ。

「あぁ…あなた方が命をかけて守った日本ですが、とても顔向けできません。
私自身、個人の悩みに翻弄されるばかりで、申し訳ない気持ちで一杯です。
今の我々や日本の現状を見て、あなた達英霊が守る価値はあったのでしょうか?」

それが私の人生の問いとなり、度々胸を苦しませていました。

ディスカッションショック事件

ディスカッションしている男女

さて、早速若者への失望の件を語らせていただく。
自分の考えをしっかり持つよう両親に言われてきた私にとって、
ディスカッションの場は絶好のアピールタイムだった。
そんな私にトラウマを与える出来事があったのです。
何とも運悪く、無気力な若者が集うグループに当たってしまった。
唯一協力的だったのは、隣にいた女の子一人だけ…
他の若者はスマホが友達の如く、我関せずといった態度だった。
一体何のためにここにいるのか分からない…そんな無気力っぷりを感じさせた。
誰も喋ろうとしない中、仕方なく自ら場を引っ張ることにした。
場を仕切ってくれないなら、せめて何か発言くらいしてくれることを期待した。
しかし、そんな簡単な願いすら若者は裏切ったのだ。
リーダーシップはともかく、フォローシップさえない。
顔も上げることすらしないような人もいたくらいだ。
味方のいない地獄のような場をただ必死に繋ぐ私と女の子。
やる気のない若者の態度にキレそうになったが、グッとこらえた。
最近の若者はこんな感じなのだろうか…ドライというか冷めている。
熱くなることが馬鹿らしくなって、次第にこちらまで冷めた気持ちになってくる。
もちろん、中には勢力的な若者もいたのだが、
その時のディスカッションはもちろん楽しかった。
だが、一方でディスカッションに非協力な若者がいることが不快で仕方なかった。
無気力に生きる人生の何が楽しいのだろうか?
正直、見ていてイライラする。何とも気持ちが悪い。
この時、自分の中にポジティブ〇、ネガティブ×の極端な考えが生まれた。
以降、極端にネガティブな人を見ると衝動的に行動するようになった。
さながら、ポジティブ教という宗教でも作れそうなほど強烈だった。

「ネガティブは…不幸は許さない。ポジティブで幸せな価値観に変えなくては!」

しかし、自分勝手な正義は身を滅ぼすことを身を持って思い知らされたのだった。
当時、心理学を学んでいた私はネットで通じた女性二人を救おうと奔走していた。
二人とも精神的な病を抱えており、壮絶な過去を経験をしていた。
黙っていられず、本気で心を救いたいと思って必死に行動を起こした。
詳しい話は割愛するが、ひたすら相手と話し続けた男がどうなったか…
滑稽な話、身勝手な正義は自ら火傷して心に傷を抱える刃となって返ってきた。

良かれと思って起こした行動は誰も救わなかったのだ…

思い悩む男性

結果、その女性二人からは女性不信という素敵なプレゼントを頂くこととなった。
そのまま、自分に人は救えないという諦めや無力感を抱え社会人となり、
最初の頃こそ絶望を忘れて頑張ったが、時々無意識の罪悪感に苦しめられた。
中途半端に希望を捨てきれず強くなろうと必死にもがいた。
根性と精神論を叩き込まれた私に出来ることは根拠のない自信を持つことだけ。
その度に壁にぶつかり、ネガティブな人に激しい一面を見せることもあった。
だが、己を奮い立たせて個人で頑張る自分が報われることは決してなかった。
詐欺にも遭い、度々自殺の文字が頭をよぎった。
そんな叫びを誰にも言えないまま、私はとある人物と出会った。
その人は多くの気づきを私に与えてくれた。
無気力な若者や自分を責めることが間違いであることに気づかせてくれた。
教育では教えてくれない日本…それを教えてくれた。
若者と日本の可能性を語るその人物の言葉は力強く、再び私を熱くさせた。
感覚的な表現は好きではないが、私の何かが…心が泣いていた。
恥ずかしながら、歴史については日本が勝った負けたくらいしか関心がなかった。
日本は戦争犯罪国家という烙印を押されているという話を聞いて衝撃を受けた。
日本に侍がいなくなってしまった理由…
日本という大きな海が絶望に包まれている現状…
その影響は、かつての大人達だけでなく日本の全国民に影響を与えているのだと。
愚かにも自分の中では環境なんて関係ないと思っていた。
若者が無気力なのはその人個人の問題だと思っていた。
我々が魚だとすれば、日本という大きな海が今酷く汚れている状態なのだ。
汚れた海で元気に泳げるはずもないことは当然のことだった。
一時的に元気に頑張って泳いでも、やがて汚れた海の中では疲弊してしまう。
だからこそ、今の日本を洗濯しなくてはいけないのだと。
日本に希望はないと諦めていた私だったが、再び立ち上がろうと思った。
我々を命を賭して守った英霊たちに今度こそ報いるため…涙をもってゆかんと。

若者の可能性を潰すような国に未来はない!

馬に乗る勇ましい侍

最後に私の感じた希望について語らせていただく。
若者に失望していた私だが今はあえて若者の可能性を示したい。
これからの時代を作っていくのはその時代の若者である。
若者が希望を感じられない社会は未来を捨てているも同然だ。
時代に必要なのは若者が才能を存分に発揮できる場である。
心理的安全性という言葉もあるように、若者が安心して挑戦できる社会…
それを作っていくのが我々大人達の仕事ではないのか?
いや、まぁ…まだ一応若いのだが。
鬱や自殺で尊い命が犠牲になる社会がおかしいとは思わないのか?
このような理不尽な社会に殺されていいはずがない。
挫折し、絶望したからこそ、もう一度立ち上がり若者として可能性を示したい。
共に心から笑える時代を作っていきたい今はそう強く願っている。
そう想わせてくれる場・集団と私は出会った。
「英霊たちに顔向けできない…人に生きる価値はあるのか?」
かつてそう嘆いた私だが、本当の日本を知り、その考えは変わった。
当時の日本がいかに誇り高く、それ故に徹底的に潰されてしまったのかを…
アメリカを恨まず和解を目指した日本の涙を…
どう感じるかは本当の日本に出会ってから議論しよう。
断言しよう!君達は眠っているだけだ。
その眠りから目覚める本当の場と一人でも多く出会ってほしい。
日本は負けてない。まだ終わってない。

関連記事一覧

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP